「うちのクリニックは大丈夫」は危険。電子カルテを守るセキュリティ対策とBCP

電子カルテを導入して業務は効率化しても、セキュリティについては漠然とした不安がある…と、日々の診療の中で不安に感じているクリニックは多いのではないでしょうか。

近年、医療機関を標的としたサイバー攻撃や、電子カルテのデータを人質に取る「ランサムウェア」攻撃が増加しており、決して他人事ではありません。実際、医療機関へのサイバー攻撃の件数は増加傾向にあります。

この記事では、クリニックが直面しているセキュリティリスクの現状から、具体的な対策、事業継続計画(BCP)まで解説していきます。最後まで読んで、いつ起こるかわからないサイバー攻撃に備えましょう。

クリニックのセキュリティ対策|見過ごせない3つのリスク

セキュリティ3つのリスク

クリニックで起こりうるリスクは主に以下の3種類が考えられます。

これらのリスクによりどのような脅威があるのか、具体的なリスクを把握することが重要です。注意すべき3つのリスクを解説していきます。

リスク1:診療停止に追い込まれる「ランサムウェア」の脅威

クリニックが警戒すべきサイバー攻撃は「ランサムウェア」です。2024年に医療機関が受けたサイバー被害のうち、大部分がランサムウェア攻撃によるものでした。

ランサムウェアによる攻撃により、電子カルテや患者情報などの重要なデータを勝手に暗号化して使えなくして元に戻すことと引き換えに高額な身代金を要求する極めて悪質な手口です。

高額な金額を支払って要求に応じてもデータが元に戻る保証はなく、最悪の場合、データの完全な復旧ができず、長期の診療停止や閉院に追い込まれる可能性もあります。

また、この脅威は大規模病院だけの話でなく、クリニックも標的とされているため、対策が欠かせません。

リスク2:侵入経路の8割は「メール」から。最大の脆弱性は「人」

サイバー攻撃はどんどん進化している一方、侵入経路のほとんどが現在も電子メールを経由しています。

例えば、保健所や取引業者などを装った偽装メールに添付されているファイルを開いたり、URLリンクをクリックしたりすることで、ウイルスに感染してしまう事例です。

メールから侵入する場合、UTMといった高価で厳重なセキュリティシステムを導入していても、メール自体が巧妙になっているため、侵入を許してしまうケースが多くなっています。

侵入経路として、メール以外にもVPN、悪意のあるWebサイトや広告など多様化しています。

ウイルスの侵入を防ぐには、最新の技術的な対策と並行して定期的な呼びかけや研修をおこない、全職員の意識を高める「人的な対策」が重要です。

リスク3:対策を進めたくても進められない「リソース不足」の現実

セキュリティ対策の重要性は理解していても、スタッフのリソース不足により、具体的な行動に移せないクリニックは多いのではないでしょうか。クリニックは少ない人数で業務をこなしている場合が多く、セキュリティ対策まで手が回りにくい状況です。

そのため、十分な予算や専門知識を持つ人材を確保することが難しく、「何から手をつければ良いのか分からない」「日々の診療業務に追われて、セキュリティ対策は後回しになってしまっている」といった声が多くあります。

スタッフのリソース不足が、セキュリティ対策の導入を遅らせる原因となり、結果的にウイルス感染のリスクを高めてしまう要因となっています。

クリニックの情報を守る!セキュリティ対策の「3つの柱」

セキュリティ対策の3つの柱

ウイルス感染のリスクに対し、クリニックでは具体的に何をすれば良いのかについて解説していきます。

セキュリティ対策は、どれか一つを行えば万全というわけではありません。多面的に対策をする「多層防御」を意識する必要があり、具体的には「技術的」「組織的・人的」「物理的」の3つの側面から対策を組み合わせる考え方が重要です。

【第1の柱】技術的対策:システムの守りを固める

ひとつめは、「技術的対策」で、情報システムの安全性を高める、クリニックの守りを強くする対策です 。最低限、以下の項目はチェックしておくと安心でしょう。

アクセス制御と認証の強化

電子カルテへのアクセスは、医師、看護師、事務員といった職務権限に応じて必要最小限の範囲に限定するのがおすすめです。パスワードは定期的に変更するように促し、可能な限り複雑な設定にしておくと安心でしょう。

マルウェア・不正アクセス対策

インターネットに接続する場合、ウイルス対策ソフトの導入と、定義ファイルを常に最新の状態に保つことは欠かせません。また、外部からの不審な通信をまとめて監視・ブロックするUTM(統合脅威管理)の導入も効果的でしょう。

データの保護と暗号化

患者さんの個人情報などの重要なデータは、PCやサーバーに保存する際、また外部に送信する際に必ず暗号化して扱う必要があります。これにより、ウイルスに感染してデータが外部に漏洩したとしても、内容を読み取られるリスクを低減できるでしょう 。

システムの最新化と脆弱性管理

PCのOSやソフトウェアのアップデートは、脆弱性を悪用したサイバー攻撃を防ぐ上で不可欠な対策です。しかし、医療情報システムが稼働する端末のOSアップデートは慎重に行う必要があります。

多くの医療システムや医療機器は、特定のOSバージョンでの動作が前提となっているため、安易なアップデートはシステム障害や不具合を引き起こしたり、サポート対象外となるリスクを招きます。

アップデートを行う際は、必ず電子カルテなどのベンダーと事前に協議し、計画的に進めることが不可欠です。

【第2の柱】組織的・人的対策:ルールと意識で守る

セキュリティは技術だけでは防ぎきれません。実は最も重要なのが、スタッフの行動や組織の運用に関する対策です。

経営層のリーダーシップ

クリニックのセキュリティ対策は、IT担当者や特定の職員だけに任せるのはおすすめできません 。院長先生自らがその重要性を深く理解し、予算確保やセキュリティ体制整備に積極的に関与できるかが重要です。

スタッフへの継続的な教育・訓練

クリニックで働くスタッフに対して、システムを使う上で重要なシステムを教える必要があります。「不審なメールは開かない」「安易に無料Wi-Fiに接続しない」といった基本的なルールを定め、定期的に研修や注意喚起を行いましょう 。

医療安全や感染対策の講習と同様に、システムやセキュリティに関する研修も全職員が受講必須のものと位置づけるべきです 。

インシデント対応計画(IRP)の策定

万が一ウイルス感染などのインシデントが発生した際に、「誰が、何を、どの順番で対応するのか」をあらかじめ文書で決めておきましょう。インシデントが発生した場合に、慌てず被害を最小限に抑えるために重要です 。

外部委託先の管理

電子カルテのベンダーや、清掃業者など外部に委託する場合は情報の取り扱いを注意しましょう。院内の情報にアクセスする外部の業者と契約する際は、その委託先のセキュリティ管理体制が信頼できるものか、事前に確認しておく必要があります 。

【第3の柱】物理的対策:モノと場所で守る

サイバー攻撃への対策というとパソコン上の設定ばかり気にしてしまいますが、情報の保護対策も欠かせません。

物理的アクセス制御

サーバーやネットワーク機器が設置されている部屋、電子カルテの端末が集中している場所などは、関係者以外が安易に立ち入れないように施錠管理を徹底しましょう 。

紙媒体情報の管理

クリニックで取り扱う電子データだけでなく、患者情報が記載された紙の書類やUSBメモリなども重要な情報資産です 。施錠可能なキャビネットで保管し、廃棄する際はシュレッダーにかけるなど、適切な管理や廃棄のルールを徹底しましょう。

「万が一」は必ず起こる。その時に診療を止めないための事業継続計画(BCP)

BCPを計画する

どんなに万全な対策を講じても、サイバー攻撃のリスクを完全にゼロにすることは不可能です 。そこで重要になるのが、事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)です 。

事業継続計画とは、インシデントの発生を前提としており、診療の中断をどのように最小限に抑えて、速やかに復旧するかを定めています。

BCPは地震や水害といった自然災害だけでなく、クリニックにおいては、ランサムウェア攻撃や大規模なシステム障害を想定した計画の策定が不可欠となっています。

「バックアップ」が欠かせない

電子カルテのデータは、クリニックの経営基盤そのものです。データの定期的なバックアップは、BCPを進めていく上で欠かせません。

とくに、ランサムウェア対策として、院内のネットワークとは完全に切り離された場所にデータを保管する「オフサイトバックアップ」が効果的です。例えば、クラウドサービス、外部のデータセンターといったものです。

これにより、院内のパソコンやサーバーが全滅しても、安全な場所にあるデータから復旧できる可能性が高まります。

ITが使えない状況を想定する

電子カルテが全く利用できなくなった場合に備え、紙カルテや紙の処方箋で診療を継続するための運用フローを具体的に準備しておきましょう。

停電によるシステム停止も想定し、電子カルテサーバーなどを守るための非常用電源(UPS)を導入したり、携帯電話、モバイルWi-Fiなどの複数の通信手段を確保したりすることも重要です。

緊急時の体制を整える

インシデント発生時の緊急連絡網や職員の安否確認、参集計画を明確にしておきましょう。

患者さんや地域住民に対し、いつ、誰が、診療再開の見込みなどの情報を発信するのか、広報体制を事前に決めておくことで、院内の混乱を防ぎ、患者さんからの信頼を守ることができます 。

厚生労働省のチェックリストで自院のBCPを点検しよう

医療機関用BCPチェックリスト

BCPの策定や見直しにあたって、「どこから手をつければ良いか分からない」と感じるかもしれません。

そのような場合、厚生労働省が公開している「医療施設等における事業継続計画(BCP)の策定について(チェックリスト)」が役立ちます。

医療機関のBCPは、セキュリティやパスワードに関する内容のほか、インシデントに備えた内容となっています。このチェックリストを活用し、特にシステムやセキュリティに関連する項目について、自院の状況を点検してみてください。

これらの項目を確認することで、自院のBCPにおける強みと弱点が明確になります。BCPは一度作って終わりではありません。このチェックリストなどを活用しながら、定期的に訓練と見直しを行い、計画の実効性を高めていくことが何よりも重要です。

まとめ:セキュリティ対策はクリニック経営の「戦略的投資」です

電子カルテのセキュリティ対策とBCPの策定は、コストや手間のかかる義務ではありません。それは、患者さんの大切な命と情報を守ること、クリニックへの信頼を維持することにつながります。

そして何よりも先生方ご自身の経営を守るための戦略的投資です。

セキュリティは「技術・組織・物理」の多層的な対策と、万が一に備えるBCPを両輪で進めていくことが、これからのクリニック経営には不可欠と言えるでしょう 。

ただ、限られたスタッフのなかで「日々の診療で忙しく、とても手が回らない」「自院の対策が十分なのか、客観的に評価してほしい」と感じられる医師も多いでしょう。そのため、外部の専門家の知見をうまく活用することが、最も効果的で現実的な解決策となります。

【目利き医ノ助にご相談ください】

気になることがありましたら、どんな些細なことでも構いません。クリニックのDXとセキュリティに関することは、ぜひお気軽に目利き医ノ助までお問い合わせください。

目利き医ノ助